コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.10

松井薫の「隠居のたわごと」vol.10

隠居のたわごと

おくどさん

 町家の台所といえば流しとおくどさんだった。特に部屋全体を暖める囲炉裏を持たない近畿以西の家では、おくどさんが使われ、焚口が3つだったり、5つだったり、大きい家では七つくどや九つも焚口のあるものもあった。戦後、都市ガスが供給されるようになると、急激に使われなくなり、姿を消した。それでも、正月や祝い事があるときに、土間で餅をつくときには活躍していた。それもされなくなると、おくどさんは無用の長物となってしまった。しかし、人が見捨ててしまったものにこそ値打ちがあり、打ち捨てられたものを、再度加工して有用なものにする、というのが住宅を考えるうえでも極意であるので、町家の改修をする場合は、元あった場所がかろうじてわかる程度にすっかり取り払われていても、元あった場所の特定もできなくなっていても、条件の許す限り、おくどさんを復活しようと試みている。

 おくどさんはだれが作るのか、といえば左官職が作る。耐火レンガを積み、土を固めて作る。この技術を持った職人も数が少ない。復活する場合はおくどさんとしては最後のほうに出てきた、焚口に鋳物のフタがつき、簀の子上のものの上で薪が燃えて、下に灰が落ちる形のもので、おくどさんの表面は黒いタイルで仕上げられられているものか黒漆喰で塗り固められているものにする。探してみると、幸いにも鋳物の焚口のフタや、表面に張るおくどさん用のタイルもまだ作っているところがあって、おくどさんを作れる職人もまだいるので、今なら何とか復活できるのだ。京都の町家は土間に台所があって、冬は足元が尋常じゃないぐらいに冷える。これが世の奥様方の不評をかって、多くの家で台所に床を張り、冬の寒さから逃れる対策をした。しかしこれは都市ガスになって、おくどさんを使わなくなったから、冬の土間の寒さがより強く感じられるようになったわけで、土で固めたおくどさんを使っていた頃は、一度火を入れると、おくどさんも土間も暖まり、一旦暖まったらなかなか冷えにくいので、土間での作業もずいぶん寒さはマシだったのではないかと思われる。本当は、復元して使ってみてそういうことも確認したいのだが、消防署のほうから、復元するのはいいが、使うことはまかりならん、とのきついお達しもあり、なかなか復元しようとならない。(第1回目の復元の時)あ~あ。それでも第1回目の復元をした町家では、学生や地域のイベントとして、その都度消防署にも届をして、お釜でご飯を炊いたりしてもらっていた。それから7年後、第2回目のおくどさん復活ができた。今回は、消防署もおとがめなし。割烹の台所として、おくどさんで炊いたご飯はとてもおいしいと評判で、昼にはおくどさんで炊いたご飯のおにぎりも販売するようになって、これも大好評。おくどさんの実力が証明できた。何よりも、万が一、万が一、何かのことで、ガスがストップし、水道がストップし、電気がストップしたとき、井戸があり、天窓のあかりがあり、おくどさんがある町家は、割と平気な顔をして日常生活が続けられるはずである。その時になって、真の値打ちが発揮されるのだが、万一の時にも、これがあるから大丈夫、と思えるのは、普段の生活の中で、心強いものだ。(いざというときに、薪でご飯が炊ける技術がないと「だめだこりゃ」になってしまうが)(2020.11.21 松井薫)