コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.11

松井薫の「隠居のたわごと」vol.11

隠居のたわごと

国土強靭化と町家

 国は国土を鋼(はがね)のように(古い表現!)強くしたいようです。家もどんな地震にも災害にも壊れない強い構造を持ち、しっかりした外皮に覆われて内部のエネルギー使用が少なくても快適な家を作ることを目指すようにと国が指針を出しています。戦前木造である町家は、これとは逆の「弱く壊れやすい家」です。この点だけでも、国の方針とは逆を行っています。でもこのほうが長い年月の使用に耐えるものだということは、歴史が証明しています。国土にしても、家にしても、(中学、高校で習う)物理の世界で考えるからおかしくなるのです。特に家は人間が住むところですから、生物の世界で考えないと、生物の一つの種である人間にふさわしいものにはならないのは、自明の理というものです。人間も強靭化すると、確かに筋肉の出力が強くなるのですが、アスリートがそうであるように、すぐに壊れてしまいます。生物は、壊れる前に先回りして、壊しては新しい細胞に更新しながら生きていくという仕組みになっています。町家も物理的には弱く壊れやすいのですが、壊れる前に弱った部分を新しく更新しながら長く使われるわけです。また、強い外力に対して、力を「逃がす」「やり過ごす」という知恵も手に入れてます。そういう仕組みを町家は長い年月をかけて取り入れてきました。生物は最大の目的は種が生きながらえることですから、当然それに合わせた仕組みが長い生命の歴史の中でできてきました。人間の住む家もそれに倣うのが間違いのないところでしょう。物理的に強靭にするというのは、時の経過が組み込まれていません。その時、その一瞬が強いというだけで、ずっと長くその強さが続くという保証はどこにもありません。そればかりか、エントロピー増大の法則からは逃れられないので、時が経過するにつれて劣化し、使えなくなってきます。一旦建てたらあとはメンテナンスフリーというわけにはいきません。さらに、自然の力は常に「想定外」の力をぶつけてきます。それを忘れて経済の成長のみを追求して喜んでいるのは大人げないということです。(2020.12.21松井薫)