コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.66
松井薫の「隠居のたわごと」vol.66
ガン検診もほどほどに
新聞にガン検診を推奨する側の人が、放っておいても差し支えないガンを見つける「過剰診断」やガンでないのに疑があると診断される「偽陽性」などで、健康なのにがん検診のためにかえって心を病んでしまうことがあるので気を付けましょう、という記事が掲載されていた。
我々は、普段の生活で、ちょっと違和感があるとすぐに医療機関に頼って直してもらおうとする。医者もいろいろと検査をして、数値が平均値より離れていると、それを改善する薬を処方する。いろいろな数値はその一瞬のその人の数値であり、人間は自然の一部なので、流れる水のように常に変動している。でも医者はその流れを読まずに、数値が間違いのない根拠だとしてしまう。今のように医学が発達する前は、少々の痛みや違和感は、しばらく辛抱していれば治る、ということわかっていた。極端に言えば、痛いのも生きているうちで、死んだら痛みは感じなくなる、ぐらいの心持で、痛さや違和感と付き合っていた。そのうち、生きている人間であれば、バランスをとろうと体が動くので、気にならないぐらいにまでよくなってしまう。しかしイマドキの人は、少し歯が痛いとなると、もう辛抱できない。
これは町家とマンションのつくりにも似ている。マンションは壁にクラックが入ったりしたらえらいことなので、動かないように作られている。空気も通さないし、湿気も通さない。それに比べて町家は構成している木や土や紙が自然の素材のために動く。表面にクラックが入ったり、柱のきわの壁に隙間ができたりする。自然は片時もじっとしていない。マンション暮らしから町家暮らしに移った人たちは、この変化がどうにも違和感に感じられて、辛抱できない。梁などの大きな部材が乾燥するときに、「ピシッ!」と音を出すが、これが怖い。それによって表面に小さな割れができるが、これが心配になる。町家もその中にいる人間も、周りの自然の一部だということを思い出してほしい。自然は絶えず変化している。マンションの壁のようにじっと動かないほうが、不自然なのだ。動きながらひずみが内部にたまらないようになっているし、周りの自然の変化にも対応して湿度の調節や、通風により自然の中で長持ちするようにできている。
(2025.11.19)
