コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.68
松井薫の「隠居のたわごと」vol.68
守って、守って、守って、勝つ
何かの本で読んだ記憶があるのだが、知り合いの小学生が大して力も強くなく、体も大きくなくて、いじめられキャラだったので、空手だか合気道だかを習わせた。全然強くなれなくて、試合でも負けてばかりだった。それでもたった1回だけ、試合に勝ったことがある。それは攻められても攻められても、守り続け、相手がだんだんスタミナをなくしてきて、守り通して最後には勝利した。一番難しい勝ち方だ。負けた相手はものすごく悔しい。日本の武道の極意は相手を負かせるのではなく、相手との一体感を作り、場を支配することで、相手の動きを制御する、なんてことを聞いたりする。
町家も新しい建築基準法などでこう攻めまくられては、この戦法でいくしかない。構造が力学上の合理性の上に立っていないと攻められ(自然の動きが合理性で説明できるものではないのに)、火事になったら燃えやすいと攻められ(火事を出さない工夫も含めてさまざまな知恵があるのに)、気密性を高めて断熱性能をあげる建物になってないと攻められ(人間も自然の一部なんだから、自然の環境になじんだ住居がいいのに)、足技、投げ技、寝技で攻めまくられている。国を始め、社会の動きは町家なんて早く壊してなくしてしまえ、そして新しい基準に合ったものに変えなければならない、と攻めてくる。それらを何とかかいくぐり、痛んだ構造を戻し、仕上げ材を更新し、設備を新しくして、今の生活にも合うように町家を改修して、住み続けてもらう人を少しずつでも増やしていく。実際にそこに住んだ人は、改修した町家の住み心地の良さに納得してくれる。町家が残ることで、街並みも崩れなくて済む。これから先、高齢者が多く住むことになるが、高齢者にとって、昔のままの街並み、風景というのは、そこに安心して住める気持ちにさせてくれる。こういう事例をじわっと増やしていくことで、そのうち町家自体の存在を認めざるを得なくなる。そして勝利する。この方法だろうな。
(2026.1.19)
