コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.55
松井薫の「隠居のたわごと」vol.55
京都の地震事情
世間では、南海トラフ地震が近く起こる可能性が高いといわれていて、京都市でも町家に対しても「無料耐震診断」を行っています。耐震診断を受けてみると、「倒壊の危険あり」という結果になって、これは大変、耐震補強をしないといけない!となります。でもこれはいたずらに不安をあおっていることになっていないか、と危惧しています。
現存の町家が成立しているのが、主に明治初めから昭和初期あたり。蛤御門の変で京都市街が焼け野原になったあと、再興された町家は、江戸時代に修業した大工や左官により作られており、その後の町家もその技を継承して作られています。近代の科学が発達する前の、建物全体で構造も、仕上げも、調湿も、採光も、その他もろもろの性能をバランスよく配置された構成素材で形作られています。それを構造という要素だけを取り出して現在の指標で比べてみて、不足している、と結論づけるのは方向違いの気がします。現在は構造は構造材に、外部、内部はそれぞれの仕上げ材に、断熱は断熱材に、それぞれの性能を求めてそれを合体した作り方をしています。しかし、結果としてそれが住んでいる人に心地いいか、本当にいいものなのかは別問題です。また今の建物の寿命は町家の半分にも満たないほどしかありません。町家の建物としての性能を考える場合、やはりその成立した年代のものの考え方にそってみる必要がありそうです。
近世の京都の地震を見てみると、有名なのは慶長伏見地震(1596年)、寛文地震(1662年)、文政地震(1830年)ですが、いずれも近くの活断層が動いた直下型地震です。南海トラフによる地震は安政地震(1707年)が知られていますが、京都では大きな被害はなかったようです。京都で大きな影響が出るのは、近くの浅い位置の断層が動く、直下型地震です。京都には花折断層をはじめ、いくつかの断層が知られていますが、政府機関が発表している今後30年の大規模地震発生確率は、いずれもほぼ0%です。また直下型地震の特徴として、水平方向よりは、垂直方向の加速度が大きいことが挙げられます。町家も家ごと基礎石から離れて激しく打ち付けられます。そこで、柱の足元の痛みがあるのは家屋倒壊の原因になるので、しっかりと根継をして健全な形に直しておく必要があります。そうした構造部門での健全化をしておけば、もともとの様々な性能がバランスよく作られている町家は、地震に対しても適切な対応力がある、と考えてよさそうです。そこに構造の要素だけを取り出して耐震補強をして全体のバランスを悪くする必要はないと思われます。
(2024.11.19)