コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.71
松井薫の「隠居のたわごと」vol.71
人間の住む家
家の一番初めの目的は、やっぱりそこに住む人の生命の維持だろう。だから、家のありようも生命の維持のやり方に即したものであればなじみがいいはずだ。生命の維持の仕方は「弱い部分は壊れてよい。その部分だけを作り直せるようにしておけば続けられる。弱い部分が壊れることで蓄積されていたひずみが解放される。」というやり方だ。これは町家の構造に反映されている。急激な強い力が加えられる地震の時の対応は、町家の構造は、堅くがんばって内部にひずみを残すのではなく、木と木の接合部、土壁と木の接合部など、弱いところは壊れていい。壊れることで地震のエネルギーを開放する。壊れるといっても、粘り強く持ちこたえるのでひし形に変形してもぺしゃんとつぶれることはない。地震が過ぎ去ったら、壊れたところだけを修理すれば元のように使える。これが人間のやり方に学んだ家の作りようだ。もちろん、柱の足元が痛んでいれば地震の力に対応する前に壊れてしまうので、健全な形を保っていることが必要だが、堅く作った家が、目に見えないひずみを抱え込むのとは対照的だ。
人間はその活動エネルギーを食べることで得ているが、人間の歴史が始まってから長い長いあいだ、ずっと空腹が常の状態だった。だから空腹に体が対抗するための仕組みはいろいろとある。それに対して、満腹についてはインシュリンが働いて糖分を排出するというただ一つの機能しかない。現在我々はつい食べ過ぎてしまうが、こんなことは人間の歴史始まって以来とても珍しいことなのだ。ちょっと少な目あたり、腹八分目あたりが、体の機能としてもちょうどバランスがとれた状態なのだ。これを家に置き換えると、たとえば夏も暑すぎない程度で少し暑い、風が吹けば涼しい、という程度が体にとってはちょうどいい。エアコンをガンガンかけて、ああ気持ちいい、を体は求めていない。冬も寒すぎることは避けるべきだが、例えばふとんの中は暖かいが寝ている部屋は寒い、とか、小さな一つの部屋は暖かいが他の部屋はちょっと寒いとかのバランスが、多分体にとってはちょうどいい。われわれのご先祖様は周りの自然とうまく折り合いをつけながら、あるものを大切に、ていねいに使いきって体の仕組みに合わせた生活をしてきた。その入れ物が町家なのだ。
(2026.4.19)
