コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.38

松井薫の「隠居のたわごと」vol.38

隠居のたわごと

べんがらはマイナスイオン

 町家の格子などに塗られているべんがらは、成分としては酸化第二鉄で、これの起源はまだ地球が煮えたぎるような熱い状態だった今から35億年前にさかのぼる。そんな中で生命といわれるものが誕生し、そしてその時から今まで生き延びているシアノバクテリアというのがカギを握っている。シアノバクテリアは藍藻とか藍色細菌と呼ばれる原核生物で、しかも葉緑素を持っている。葉緑素を持っているので光合成により酸素を作り出す。太古の昔、シアノバクテリアが放出した酸素と、海水中の鉄イオンとが結びついて、酸化された鉄が赤錆となって海底に沈んだ。これが酸化第二鉄、べんがらの正体である。

 しかもシアノバクテリアには不思議な性質があり、これが含まれる土は、それまで木や草が枯れ、荒れ果てていた土地でも回復し、これを農地に使うといい作物ができ、収量も多く、長期間保存ができ、病害虫の被害も少なくなる。要するに生命活動を促進する、マイナスイオンのような働きがあるらしい。いわば細胞が蘇生する方向の環境を作るようだ。人間がそういう環境にいれば、人間にとっても「ここちいい」気分になるだけでなく、健康にもよい影響があるだろうことは想像がつく。となると町家の格子表面に塗っているべんがらも、単に防虫防腐効果があるというだけでなく、それを塗ることで、その建物がマイナスイオンを集めやすくなり、その家の商売が繁盛し、住人が健康でいられるのではないか、と妄想してしまう。それを昔の人は知っていたのかもしれない。

ひょっとすると、道路に面してべんがら格子が並んでいるということは、道路に面してマイナスイオンを拡散している滝が連なっているようなもので、付近の道路や家の中にマイナスイオンを拡散しているのかもしれない、と妄想が続く。もしそれが事実であれば、べんがら塗は後のメンテナンスが面倒だからと、同じような色のペンキで格子を塗ってしまった家は、せっかく繁盛して健康を保つ効果があるものを、衰退して不健康になる家にしてしまったのではないか。世の中、目先の便利に惑わされてしまったものにはろくなものはない。やはり昔の人がやっていたように、35億年前からのシアノバクテリアからの贈り物を大切に使いたいものだ。(2023.4.21)