コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.39

松井薫の「隠居のたわごと」vol.39

隠居のたわごと

風で曲がった木

 最近、あちこちで地震が頻発していて、そのたびに古い建物が無残に壊れている映像が流される。そして建物が古いと、このように壊れてしまう、建物は耐震構造にしないといけない、と何度も繰り返しアナウンスされている。本当に硬くて強い建物がいいのだろうか。

 耐震補強された建物は、少々の揺れではびくともしないし、阪神大震災クラスの揺れでも形を保っている。しかしこれは表向きそう見えるだけで、建物内部、構造体には揺れるたびに「ひずみ」が蓄積される。耐震構造の建物は、地面にしっかりとした基礎を作り、基礎と上の建物は強固に固定されている。だから地震の揺れをまともに建物に伝える構造だ。その上で建物が地震の揺れに対抗して形を保つことが耐震構造の要点である。(大規模建物では、免振構造や制震構造が取り入れられているが)。強い構造にすることで、確かに目に見える変化は少ないのだけれども、目に見えない構造内部に、その時々に受けた地震の力が蓄積される。そして、ついには「疲労骨折」のようにもろく壊れてしまう時が来る。地震の影響が目に見えないことの方がかえって恐ろしいことになる。世をあげてこのやり方しか正しい対処の方法はない、という刷り込みをされているようで、どうも危ないなあと隠居はつぶやきたくなるのだ。

一方「弱い建物」は地震にゆすられると壁にひびが入る、建物が傾く、町家のような伝統構法の場合は基礎の石から建物がずれたりする。これらはすべて変形することで地震の力を逃がしている結果だ。そうすることで建物自体にはストレスは残らない。そして建物は少ない変形であれば元に戻すことで再度使うことができる。それ以上は地震という自然の力には逆らえない。もとに戻せないほど変形したらやり直すしかない。日本列島、どこでも地震が起きる可能性があるので、地震が起きた時、それにどう対応するのかを選ぶかしか、そこに住んでいる人間には選択肢はない。

海辺の常に強い風が吹く場所にたまたま根を下ろした木が、風を受けながらもそれに逆らうことなく、風下に曲がりながら成長している。これがしなりのない硬い木であれば、成長して風を受ける面積が大きくなってくると、いつか風を受けてもろく折れてしまうだろう。そんな一種見事な姿で立っている木を見ると、弱そうだけど強いなあ、と思う。

(2023.5.20)