コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.51
松井薫の「隠居のたわごと」vol.51
祇園祭―鉾の組み立て
7月に入ると京都のまちなかは祭り一色になる。以前、衣棚三条下るの長屋を事務所にしていたころは、この時期になると、どこからともなく祇園ばやしを稽古している笛や鐘の音が聞こえてきて、図面を書いている手もつい止まってしまうことがよくあった。(今の家の仕様では、防音・高気密・高断熱で外の音も聞こえないだろうが)風情があるのだが、仕事の効率はずいぶん落ちてしまう。図面なんか書いている場合ではないだろう、と仕事を中断して浮かれた気分になったものだ。
山鉾巡行が近づいてくると、各鉾町では、収納庫から部材を出してきて、鉾の組み立てが始まる。組み立ての順番は各部材につけられた記号を見ながら、差し込んだりカシメたりして組み立てる。そして部材と部材が合わさった場所には、細い藁縄を使って縄がらみという技法で構造体を固めていく。稲という植物の茎の引っ張り強さと曲げに対してのしなやかさが藁縄に生かされている。このいわば柔構造でないとあの十何トンもある鉾が、揺らぎながら進んでいくときに、揺れの力を逃がして形を保ったまま巡行することができない。
町家の構造も同様に交差する部材を金物で固めたりせず、差し込んだりカシメたりしてできている。これが地震の時にも結局一番長持ちする形であることを、先人たちはよく知っていた。接着剤や金物で固めてしまう今の住宅の工法は、自然の力に対抗して強いように思えるが、実は力に合わせて揺れたりこすれたり浮いたり変形したりする方が、元の形を保ちやすい。
使われた藁縄は1回ごとに廃棄されるが、以前であればおくどさんで燃料として燃やされ、灰になったら畑の肥料に使われて土に戻った。そして次の年には新しい藁ができる。組み立てられていた部材も終われば解体され、痛んだところだけを補修してまた次に使う。今あるものを最後まで使い切る。毎回組み立て、解体をすることでその技術も継承される。
これは町家の作り方や、使い方と同じ考え方だ。それを今も続けている。
山鉾が動き始めると、高く伸びて取り付けられた真木がゆらゆら揺れて進んでいく。それは通りにある邪気を払って、神様のお通りになる道を神聖な空間にする。(2024.7.19)