コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.74
松井薫の「隠居のたわごと」vol.74
顔を洗う
朝、冷たい水で顔を洗うのが気持ちのいい季節になってきた。「顔を洗う」という のは不思議な行動で、両掌をあわせてくぼみを作り、その中に水をためてそれを顔面 に押し付ける。これはおそらく顔面に重要な外部情報をキャッチするセンサーがかた まっており、そのセンサーをクリーニングするという機能的意味合いがあるのだろう 。顔を洗うとそれだけでなく、目が覚める、さっぱりする、シャキッとする気がする 。道元の「正法眼蔵」にも洗面に関する教えが説かれている。洗面のとき、湯水 を無駄に使ってあたりにこぼしたり散らかすな、とか、顔を洗うことで「六根六(六 つの感覚器官:・・・・・、それに対応する:・・・・・)あらたにきたらざれども 清浄の功徳ありて現前す。三毒四倒(三毒:)(四倒:)いまだのぞこほらざれども 、清浄の功徳たちまち現前す」感覚器官のセンサーが新しくなるわけではないが、自分もその周りも清浄になる、というようなことを言っている。戦争というのは、社会 のいろいろなひずみや矛盾を一気に解消してしまおうという社会現象だ、などと説明 されることがあるが、一個人の中でもいろいろな歪みや矛盾が溜まってくるときに、 それを一気に解消するのが「顔を洗う」というすこぶる平和な現象としてあらわれて くるのではないか。仕事や対人関係で歪みや矛盾が自分の中に蓄積されたら、大きく ならないうちに「顔を洗う」。それで一瞬見失っていた自分を取り戻せる。そうなる と、洗面所とは、実は戦争を回避するための大変重要な場所であることがわかる。少 年や若者が突然、ブレーキがきかなくなって狂ったような行動に出るのが報じられた りする。彼らは冷たい水で毎朝、顔をちゃんと洗ったのだろうか。大人でも狂ったの があちこちにいる。「顔を洗って出直してこい!」
(2026.7.19)
