コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.8

松井薫の「隠居のたわごと」vol.8

隠居のたわごと

 

土壁

 京都には戦前からの町家と言われる住宅をはじめ、土壁でできている建物はなじみがある。昔から、土は身近な存在だが、最近の住宅では、ほとんど使われなくなってしまった。それは、一つには強度の問題で、土壁はもろくて弱いとみなされていて、そのため土壁で新しく家を作ろうとすると、やたらと壁を多くしないと確認申請が通らない。また工事期間も、土を塗ったら次の工程に移るのに、乾燥期間という何も作業のできない期間が必要で、そのために工事期間も長くなるし、その分工事費も高くなる。さらにできた後、使っているうちに土壁の表面がぼろぼろと落ちてくるようなこともあるし、壁にもたれたりしたら、それこそ床がザラザラになる。そんなこんなで土壁は敬遠されるようになって久しいが、やっぱり土の壁はいい。
 第一に湿度の調節をしてくれる。以前事務所として使っていた町家の、内外の温度、湿度を簡単な温湿度計で継続的に測定したことがあるが、外が雨で、100%近い湿度の時でも、室内の湿度は60~70%、反対に冬など外が40%と乾燥している時でも、室内は50~60%になっている。夏の京都の蒸し暑さを考えると、湿度が60%前後に保たれているというのは、大変過ごしやすい。また冬の乾燥した中で元気になるウイルスの活動も、適度な湿度があると押さえてくれる。
 土壁の第二の良さは、音や光を和らげてくれるところだ。室内の音のはね返りも、プラスターボードにビニールクロスを貼った現代住宅の室内よりもずっと耳に柔らかい。また、直射日光が土壁にあたっても、光が適度に和らげられる。
 もたれるとボロボロおちてくるという欠点は壁にもたれないようにすればいいだけのことだし、1200年かかって洗練されてきた土壁という素材が、そんなに弱いはずがない。工事期間が長いというのも、現代住宅が3か月や4か月で建てるというのが、短すぎて不自然なわけで(だから20年で建て替えをするハメになる)、町家の改修でも8か月や1年はかかるからこそ、100年持つ建物になる。早く、効率よく作って稼ぐことをメインに考えた家づくりでは、確かに土壁は使いたくない素材だろうが、住む側からすると、とてもいい素材で、土壁の空間は居心地がいい。

 町家の改修で土壁を作るときは、一応マニュアルがあって、壁の下地にする材木や竹の大きさ、竹についてはその伐採の期間、軸組への止め方、使う釘の種類等々規定している。だがおもしろいのは、そもそも、土に水を混ぜて塗ると、どうして固まるのか、がわかってないので、そこのところにくると記述が途端にあいまいになる。何リットルの水に何キログラムのわらすさを加え、とか厳密そうにかかれているすぐ後に、左官技能士または同等の技術を有する者が、適切に調合された(これも土と藁スサを何度も混ぜて黒くトロっとした土にするとよいのだが)荒壁土および中塗り土を、十分に圧力を加えながら塗る、と書いてある。何のことはない、腕のいい左官に頼め、ということだ。この辺が伝統構法の伝統構法らしいところで、やっぱりマニュアルでは伝統は伝わらないってことだ。(2020.8 松井薫)