コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.13

松井薫の「隠居のたわごと」vol.13

隠居のたわごと

Let it be

 ご存知、ビートルズの名曲ですが、このLet it be(あるがままに任せよ)のitってなんなのでしょうね。「自然」「天」「偉大なるもの」「神」というようなものを指しているのでしょうか。歌詞の中では、聖母マリアがささやいているようですので、神の声に従いなさい、ということなのかもしれません。Information technologyでないことは確かです。

 忙しく毎日を過ごしていると、ついつい目の前のことに追われてしまいがちですが、それで行き詰った時に、ふと、自然の中に開放されることを求めたりします。そして、結局人間は「自然の一部」に過ぎないのだということを確認して、もう一度現実の生活に戻ります。

 町家には、このitを感じさせる仕組みがあちこちに仕込まれています。町家と言えば「通り庭」。この吹き抜けには、上からの光が屋根の天窓を通じて入ってきます。ゴシックの教会の内部と同じような光です。これだけでも「天」を無意識の中にでも感じています。さらに、大きな町家だと、「坪庭」があります。ここも上からの光を意識せざるを得ません。坪庭は、風があるときには上昇気流が起こっていますので、これも天に昇る感覚を刺激します。坪庭はなくても、町家の奥には「前栽」と呼ばれる庭があります。ここも「自然」とつながり「天」を感じるところです。さらに、内部にも、座敷には「床の間」があります。床の間の天井は、「天」につながってるという意識があります。そして、家のいたるところに神様がおられます。おくどさんには火の神様、井戸には水の神様、トイレにはトイレの神様、家の神棚には、氏神様や方角の神様。さらに奥の部屋には仏壇が備えてあり、ご先祖が見守ってくれています。目に見えないし、直接指図するわけではありませんが、町家に住んでいる人の深い意識の中では、こういった「it」が身の回りにたくさんあって、これに身を委ねて日々の生活を無事に過ごすことができている、という気持ちが醸成されていくのでしょう。

 町家の改修をするときにも、この「it」をうまく仕込みながら、現代生活の要求を満たすように考えることは、町家の特性を生かすことになり、非常に大切なことです。

(2021.2.2松井薫)