コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.16

松井薫の「隠居のたわごと」vol.16

隠居のたわごと

町家はなぜか懐かしい

 町家の見学会などでよく耳にするのが、「なにか懐かしい感じがする」という言葉です。町家に住んでいたことがある人がそういうのはよくわかるのですが、町家に住んだことのない人たちや、中学生ぐらいの若い年代の人たちも「懐かしい」といいます。この「懐かしい」は必ずしも以前の記憶に基づいているのではなさそうです。それは自然素材でできた空間に自分が受け入れてもらっている感じ、そして自分もそれを快いと思っている感じが呼応して、その空間とのある種の一体感があるからでしょう。まわりからやさしく見守られていて、自分も周りのことを大切に感じている、相互の思いやり感が「懐かしい」の源ではないでしょうか。

町家はまわりに対しても、それとなく受け入れる装置を持っています。道路に面した格子もそうです。外ときっぱりと分けるのではなく、気配がわかる、垣間見えることで柔らかくつながっています。玄関も格子戸になっています。これにより、近所の人との付き合いも、それぞれが過度に干渉することなく、しかし、それとなく互いを思いやっている関係で人々は暮らしています。この関係性も懐かしい雰囲気のもとでしょう。家のなかと庭の関係も縁側を介して緩やかにつながり、相互に影響し合っています。内部は自然の温度や湿度の変化、風の通り具合、光の変化などに影響されますが、内部の住人はそういった自然の変化を和らげて調節した形で受け取ることができます。これにより、われわれ人間の母である自然との一体感が感じられ、「懐かしくてうれしい」という生きている実感を再確認できる装置になっています。

 現代は、多くの交通手段があり通信技術の発達により、より遠いところ、より遠い人との関係、つながりが可能になっていますが、住んでいる空間が玄関は密閉できるドアになり、外部とも高気密に仕切られていては、人間関係は拡散してしまい、生きている懐かしさ実感として感じにくくなってしまっているので、なおさら、町家のあいまいさが懐かしいと感じられるのでしょう。(2021.5.20)