コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.31

松井薫の「隠居のたわごと」vol.31

隠居のたわごと

土の上に暮らす

 私たちは、元をたどると縄文の時代から、竪穴住居に暮らしていた。(信州の白馬の麓、標高700mあたりにも竪穴住居跡があって驚いた。)そしてごく最近まで民家の中には、土間に炉を切って、人々は三和土の上に藁やむしろを敷いたりして作業をしたり食事をする生活があった。その時代、都での生活でも、板敷きや畳敷きの床を作っているが、床の一尺下は土であった。そして今でも町家は一尺五寸下には土がある。

 一方、道路という道路はアスファルトで舗装され、新しい家の基礎はコンクリートで覆われて、その上に家を建てる。わずかに残った家の周りの土もコンクリートで覆って駐車場にする。駐車場にしない場合でも、土のままだと草が生えて手入れが大変なので、モルタル塗りにしておけば物を置いたりできるので有効に使える。そしてコンクリートの積層床であるアパート、マンションといわれる土のない家に多くの人が暮らすようになった。

 しかし、最近になって「土の呼吸を取り戻そう」という機運が高まってきている。たった1gの土の中にも、100億~1000億、6000~1万種ほどの微細な生き物がいて、それらが主に地表の物質の循環の最終工程である「分解」を受け持っていることが明らかになってきた。この分解の工程がなければ植物は育たず、したがってそれを食料とする動物も消滅しかねない。人が自分の生命を維持できるのも、それを支える動物や植物の生命を得られるからで、動物や植物が生命を維持できるのも、その下に分解者である昆虫や、土壌を形成する微生物がいるから。そして「土を失うことは、都市部での新興感染症の流行にも関連することが指摘されています。」(内科医 桐村里紗著 腸と森の「土」を育てる)今はそれに加えて、殺菌消毒が生活する上での必須事項になり、環境に共生する多様な微生物と、人と共生する常在細菌のバランスを危うくしている。

 都市生活でも、せめて床下は土のままにしておきたいし、小さくても庭を持ちたい。町家なら床下は土のままだし、どんな小さな町家にも必ず庭がある。やっぱりコンクリートの上ではなくて、土の上に暮らすのが人間として当たり前の生活なのだ。(2022.9.20)