コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.32

松井薫の「隠居のたわごと」vol.32

隠居のたわごと

町家に流れる時間

 現在の町家の原型が確立した江戸時代後期、人々は咲く花の種類によって今が何月かを知り、月の満ち欠けによって何日かを知っていました。そして一日の時間は今の真夜中の0時から2時間(一時(いっとき))ごとに、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥と十二支に当てはめていました。「草木も眠る丑三つ時」といえば、丑と寅のあいだを四つに分けた三つ目のころ、すなわち午前三時半ごろのことです。これとは別に(こく)を表すのに、真夜中を九つといい、一時(いっとき)ごとに八つ、七つ、六つ、五つ、四つ、真昼はまた九つに戻り八つ、七つ…という言い方もありました。これは干支の呼び方でいう場合は、例えば「子の刻」といえば一時(いっとき)(約2時間)まるまる「子」ですが、九つといえば一時(いっとき)の真ん中の時刻を指します。また、九つから順に数字がへるように見えていますが、実は九を単位として増やしていった時、十八、二十七、三十六、四十五、五十四の一の位だけを呼んだものです。これは古来中国で奇数を陽数とし、中でも最大の「九」を重んじたことに発しているといわれています。

 いずれにせよ、今の2時間がひとつの時間単位だったわけで、「酉の刻に橋のたもとで」なんていう約束も、2時間のどこで相手が現れるのか、待ちぼうけを食わされるのか、ということになります。(現在では待ち合わせで辛抱できる限界は17分だそうで・・・)

 この2時間でひと単位というのが人間の体のリズムになっているようなのです。東洋医学では申の刻(15時~17時)では陰の気がどんどん増えて、西洋医学的には膀胱が活発化して、体内の水分を気化させて再利用したり尿を貯めて排泄します。そのため午後になると尿の色が濃くなります。酉の刻(17時~19時)では腎臓が最も働く時間で、この時間帯に腎臓が冷やされると血流低下でむくみを生じます。戌の刻(19時~21時)では陰の気がさらに充満します。各臓器は一日の活動をしてきたあと、いよいよデトックスの準備に入ります。特に夜間は心臓がストレスから保護されたい時間帯なので、ここで激しく心拍数が上がる運動をすると、心臓を傷めつけることになります。つまり、夕方から夜間、人の体はお休みモードに入るわけです。(これは東京の歯医者さんに教えてもらったお話)。今では、そんなことは無視して、効率よく時間を使い、毎日を無駄なく過ごしているつもりになっていますが、体のほうは江戸時代と変わらず、2時間単位で生理変化のバトンを各臓器に渡しながら、体の恒常性を保とうとしているのです。毎日の生活リズムを町家に流れる時間に合わせて、ゆったりと過ごすのがストレスからの解放にもつながります。(2022.10.20)