コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.6

松井薫の「隠居のたわごと」vol.6

隠居のたわごと

玄関の扉

 今の住宅の入口は、どちらかというとドアのほうが多い。しかし、ちょっと前までは玄関の扉は引き戸だった。ドアだと開けるか閉めるか、ONかOFFかとなるが、引き戸の場合だとちょっと開けておく、というONでもOFFでもない状態は得意だ。この場合、まわりの住人たちも、「見えていても見ない、聞こえていても聞かない」という暗黙の了解が成り立っていて初めて、この中途半端な玄関の戸の状態が成り立つ。今は、ドアであればもちろん、引き戸でも常に玄関はカギをかけるのが一般的になってしまった。少し前までは用事のある人は、いきなりガラガラっと戸を開けて入ってくるし、家にいる時は玄関のカギはあけているものだった。だから、町家のガスのメーターは家の中についている。(改修するときは、ほぼ100%家の外にだしてしまう)。私の家でも、ガスメーターの検針にくる人は、昔の作法のまま、いきなりガラッとあけて「ガスの検針です」と声をかけてくれる。なんかちょっとうれしい。

 

大戸くぐり戸

 町家はもともと、家の中で物を売ったり、物を作ったりする職場でもあり、住宅でもあるわけで、様々な人が出入りする。しかしその入り口は通常1か所しかない。同じ入り口から入った人が、商売のお客さんであったり、家の人間であったり、家の食事の材料を売りにくる人であったりする。これをそれぞれが必要な場所へ間違いなくいけるのは、「暗黙の了解」があって成り立つ。表にノレンがかかっていたら、ミセオープンだし、ミセニワ(通り庭の一番道路よりのところ)から奥には、商売のお客さんは入らないことになっているし、奥のハシリニワまで入ってくる御用聞きでも、嫁隠しと呼ばれる縦長の衝立から奥へは入らずに、その手前で声をかけることになっている。そういった社会秩序を維持していくためのルールが町の人全員で常識として持っていたから成り立っていた。これを知らないと礼を失することになる。(今は、座敷の壁にもたれてはいけません、とか床の間に上がってはいけません、とかまで注意をしないといけないことになってしまった)。その町家の入口には、大戸にくぐり戸がついているものがある。大戸は引き戸であったり、蔀戸のように内に跳ね上げる形式や、時には大戸ごとシャッターのように頭上へ開いてあげるタイプのものもある。大戸が開けられていると、ミセがオープンしていることを示し、前にはノレンをかけて営業する。大きな荷物の出し入れの時には、敷居部分が取り外せるようになっており(すごい知恵!)、荷物を載せた大八車を直接家の中に入れることができる。やがて営業時間が終わると大戸が閉じられ、その後は家の人の出入りのみが、くぐり戸を使って行われる。閉まっているのだけれど出入りができる、玄関戸が閉じられると勝手口になる、という離れわざをやってのけている。これはドアでは決してできない発想である。寝静まった真夜中に、遊び呆けて帰ってきた旦那さんが、そうっと入るときのうしろめたさの演出まで考えられている。にくいね!(2020.7.23)

 

大戸くぐり戸