コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.28

松井薫の「隠居のたわごと」vol.28

隠居のたわごと

腹八分が長寿のカギ

 年齢を重ねていくと、次第に皮膚のハリはなくなり、しわが増え、髪も細く少なくなってくるし、しゃんとした姿勢が保てなくなったり、体のどこかに痛みを抱えるようになったり、要するに老化現象が出てくる。テレビで放送していたのだが、これを遅らせる一つの方法を、サルで実験していた。1匹の猿には通常の量のえさを与え、もう一方の猿には通常の70%のえさを与えると、100%のえさの量の猿は、皮膚もしわがより、けが抜け落ちて普通に老け込むのだが、70%のえさで生きているほうは、体全体に毛の艶がよく、ふさふさしており、姿勢もしゃんとしていて、見るからに元気そうだった。食べ物の量を減らすことで老化に対抗するスイッチが入り、元気な状態が長く続くというのは本当のようだ。貝原益軒が「養生訓」で「子供には三分の飢えと寒が必要、と古人が言っているが、大人もこうするのがよい」といっていたり、昔から、腹八分目が健康に良い、といわれていたのは、やっぱり間違いではなかった。

 そんな人間を包み込む家も、健康で長く使おうと思えば腹八分の家がいいことになる。暑さ寒さに対して外部をシャットアウトして中は常に快適になっており、家の中の用事もすべて効率よくできて、何もしなくても楽しく暮らせる100%の満腹の家を理想としがちだが、これでは家の老化も早くなり、すぐに使えなくなってしまう。住んでいる人間も暑さ寒さに敏感になってしまって、少し暑いともうたまらないと思い、少し寒いとこれでは病気になると感じる。常に快適な環境に守られているので、少しの変化にもついていけず、免疫力も落ちてしまい、病気がちになりそうだ。腹八分の家では二分は不足しているので、その都度、手間をかけたり工夫したり、暑い寒いに対しても許容範囲を広げて住まないといけないが、それが人と家と周りの自然とが一体になった暮らし方で、家も人間も健康で長くいられるのだ。そして腹八分の家の典型のひとつが町家だ。100年ほど経った町家の天井を取り払ってみると、太い丸太の梁が見えてくるがそれ以外はスカスカだ。そしてよく見ると壁のあちこちに細かい隙間があいていたりする。これで現に100年使われてきたわけだ。ということは、この構造材の少なさで必要最低限は満たしているということになるし、細かい隙間のおかげで建物が呼吸し続けていたから今も現役でいられるということになる。一見不十分に見えるけれどもこれが長寿命のカギなのかもしれない。(2022.5.20)