コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.29

松井薫の「隠居のたわごと」vol.29

隠居のたわごと

奈良の大仏さん

 小噺をひとつ。奈良の大仏さんは金仏(かなぶつ)さんでは世界最大級の大きさで、五丈三尺五寸(16mあまり)あるといわれている。手のひらで踊りが踊れるという大きさを誇っている。ある時、熊野の浦のくじらが、わしも大きいのでは負けへん、と言って、奈良へやってきて大仏さんと背比べをした。するとくじらのほうがちょっとだけ高かった。カネとクジラでは二寸違った・・・。

 町家の世界では今でも現場での大工さんとのやり取りは〇尺〇寸という言い方をする。今はメートル法(1959年から)で〇メートル〇センチというように長さを表記するようになっているが、それ以前に建てられている町家は、その時の長さの単位である尺、寸でいうほうがわかりやすい。建具の高さを、いちいち1727㎜というよりは、五尺七寸といったほうがよくわかるし、畳の大きさも六尺三寸×三尺一寸五分と言い慣わしている。

 あるお宅での工事中のこと。おばあさんから、神棚はこういうふうに作ってほしい、と鉛筆書きしたスケッチを示された。そこに寸法が、尺、寸で書かれている。はいはい、という感じで実際の場所に当てはめてみるとどうも寸法が違う。このおばあさん、毎年新聞に掲載される大学入試の、数学の問題を解くのを趣味とされているスーパーおばあさんなので、寸法を書き違えているハズはない。しばらく思案していたが、はたと気が付いた。そうか、クジラや。そういえば、うちにも竹でできた物差しがあって、着物を縫ったりするときには母や祖母が使っていた。これは我々の(といっても少数派だけど)使っている曲尺(かねじゃく)よりもちょっと大きくて、鯨尺の一尺は曲尺では一尺二寸五分ある。(カネよりクジラのほうが少し大きい。)これで現場に当てはめてみると、ピッタリ!ようやく解決したことがあった。

メートルという、地球規模の大きさから割り出された寸法(もともとは地球の北極から赤道までの1000万分の1、今はもっとややこしい定義になっている)より、人間の体や身近にあるものから割り出された寸法のほうが、家などの寸法には使いやすいしイメージしやすい。法で定めてメートルに統一しても、尺は生きているし、鯨尺も生きていた!(永六輔さん、大丈夫ですよ!)(2022.6.20)