コラム | 松井薫の「隠居のたわごと」vol.34

松井薫の「隠居のたわごと」vol.34

隠居のたわごと

町家の動物たち

 最近は、特にコロナウイルス蔓延で家にこもることが多くなってから、犬や猫をペットとして一緒に暮らす人が多くなっている。町家に住んでいると、ペットにしているわけではない小動物が周りにうろうろしているのを見かける。ネズミだったりイタチだったり、あるいは蛇だったり。蛇は「みいさま(巳様)」と呼ばれ、その家の守り神として(ほこら)で大切にまつられていることが多い。ネズミやいたちなども(天井裏を走り回る音はうるさいが)特に実害がなければ、排除することなく、うまく〝共存″しているのが町家暮らしだ。

 そうした暮らしぶりを反映してか、建物には動物の名のついたものが実に多い。家の外には「虫籠窓」があり、「犬矢来」や「駒寄せ」があるが、家の中では例えば、面取りの断面がサルの顔形に似ていることから「(さる)頬面(ほおめん)」という名のついた天井の部材がある。天井に猿がいるかと思えば、床の間には「狆くぐり」という犬も登場する。床の間と脇床の間の壁に犬がくぐり抜けられるような小さな開口のあるものをいい、「犬猿の仲」もここでは仲良く収まっている。また障子には「猫間障子」という猫がいる。これは障子の中に、一本溝で開け閉めできる小障子があるものをいい、猫は細い通路の一直線上を歩くことからこの呼び名がつけられた。部屋の中でもっともよく目にする敷居と鴨居だって、〝(しぎ)″と〝鴨″の水鳥たちが居ると書かれる。これは、火事で家が焼失しないようにと、水にちなんだ鳥の名がつけられたものらしく、水鳥たちが家を火災から守ってくれるのである。さらに生活する時間や方角には十二支の動物たちがいる。来年はうさぎの年だ。こうした多くの動物の名がつけられたものが家の内外にあるというのは、とりもなおさず、町家と自然が密接な関係にあり、動物たちが身近に感じられる生活が営まれてきたあかしだろう。

 マンションで生まれ育って、マンション暮らししか知らない世代の人が、町家に興味を持ってくれて、町家に住みたいと思い、やっと憧れの町家に住むことができたのもつかの間、「ネズミが天井裏を走った。こんな家には住めない」と出て行ってしまう、という悲劇も、自分たち以外の生き物を徹底的に排除しようという現代の傾向の中から生まれたミスマッチだ。こうしたミスマッチも町家と自然のつながりや、「町家の動物たち」の実態を知ることで防げるのではないか。(2022.12.22)

猫間障子
狆くぐり